工房のこと

養蚕、染め、絣や花織。化学物質を一切使わず創りだす、古法藍染。古代貴族の憧れを蘇らせた、大和貝紫。天女の羽衣と言われるほどに美しい、小石丸。経糸、緯糸の組み合わせで無限大の絣。それらを1つに昇華する手織りの技術。温故知新で求めてきた、工房の現在。機械にはできない、手仕事のなせる業があります。手にとって感じるぬくもりがあります。生活の中に文化がある。文化があるから暮らしが活きる。美しさの中にある、親しみやすさを感じて下さい。

工房の手しごと

染
輝く。強く、そして美しく。 ─ 『藍』 と 『貝紫』 ─
藍染め、貝紫染めは空気に触れて色を放つ、少し不思議な染料です。
勝負は一瞬。その瞬間を最高のものにするために、最良の準備と判断を。
1年365日、藍との対話を欠かしません。
織
実直に向き合う、人の手がある。 ─ 手織りの力 ─
人の手で織られた美しさ、肌触り。直接感じてみてください。
スピードと品質が求められる中で、絣や花織をコツコツと。
手機と一体となり、何時間も自分と、糸と向き合い続けた成果がそこにあります。
蚕
10,000 → 1 の意味すること。 ─ 純日本産 小石丸 ─
私たちが育てるのは、原種と言われる『小石丸』。皇居でも養蚕されています。
細心の注意で育てた蚕は俵型の小さな繭、極細の糸を創ります。
織り上げられる1枚の反物。その源は、10,000頭のお蚕さんです。

工房のひと

秋山 眞和
秋山 眞和
綾の手紬染織工房 主宰者/(社)日本工芸会 正会員/越した技能者 ”現代の名工” 指定
伝統工芸士/黄綬褒章受賞/綾町指定無形文化財保持者 等
多くの受賞歴を持ちますが、それを全く感じさせない親しみやすさが魅力のひとつ。
職人としての経験、知識、ひらめき、そして熱意から生まれる作品は国内外から高い評価を得ています。

さらに詳しく

父、秋山常磐の染織の技術を受継ぎ、妥協することなく最高の布を作り上げる事にすべての情熱を注いできました。
その功績は国内外で認められ、国による「現代の名工」指定、黄綬褒章受賞、綾町指定重要無形文化財指定、ヨーロッパ、アフリカ等海外へ招致されています。
染色では、室町時代から続く天然灰汁発酵建てによる藍染に徹底的にこだわり、また古代には皇帝や貴族しか身に着ける事ができず、世界的にも完全に技術が途絶えていた貝紫による染色を、世界で初めて現代に復活させました。
精力的に活動し、綾の手紬染織工房を主宰する秋山のもとには職人たちが集まり、技術を指導するだけにとどまらず日々技を磨き、新たな作品作りに情熱を注いでいます。

【略歴】

1941年
9月29日生まれ
1966年
宮崎県綾町にて綾の手紬染織工房創設
1967年
「第2回西部工芸展」朝日新聞社金賞受賞
1968年
「日本伝統工芸展」入選・「第3回西部工芸展」朝日新聞社銀賞受賞
1970年
「第5回西部工芸展」朝日新聞社銀賞受賞
1972年
社団法人日本工芸会正会員認定
1973年
昭和天皇・皇后両陛下に御前実演
1980年
皇太子・妃両殿下に御前実演
1982年
日本産の貝による実用貝紫染色に初成功
1984年
宮崎県伝統工芸士第一次指定
1986年
皇太子・妃両殿下当工房作品「貝紫染ストール」御着用賜りご来県
1990年
第37回日本伝統工芸展入選作「万華鏡」文化庁買い上げ
1991年
小石丸蚕による製織完成
「宮崎日日新聞社産業賞」受賞
1992年
京都文化博物館「この人この作品」招待出展
1993年
阿波藩主、蜂須加家の藍染熨斗目着物を小石丸蚕糸にて復元制作
1994年
宮崎銀行第一ビル、壁面タピストリー制作
フェニックスシーガイア、ホテルオーシャン45、B1に織、陶、木の3工芸家による、展示ギャラリー「空」開設
1995年
会津若松、松平家の熨斗目を小石丸藍染にて復元
第42回日本伝統工芸展、小石丸花織絣訪問着入選作「陽炎」文化庁買い上げとなる
平成7年度卓越した技能者(現代の名工)指定表彰
1996年
日本橋三越本店にて個展開催(以後毎年開催)
中国丹東市にて国際野蚕学会で講演
全国税理士共栄会文化財団より地域文化賞受賞
赤坂御苑における秋の園遊会に両陛下よりご招待
常陸宮両殿下、綾の手紬染織工房にお成り
1997年
沖縄県立芸術大学より招聘され美術工芸学部教授就任
1998年
フランスパリにて藍染め国際交流・講演会を開催
紀子様に小石丸蚕糸、貝紫染めインテリア作品献上
2000年
フランスパリ日本文化会館にて個展を開催
太平洋・島サミット会議出席17カ国元首夫人綾の手紬染織工房訪問
2001年
農水省指定、地域特産物マイスター全国第一次指定
メディチ家芸術交流基金よりフランスのグラフィックデザイナー
フォファーナ アブバカ氏を藍染研修のため受け入れ
2002年
沖縄県立芸術大学教授を退官
綾町制70周年式典にて綾長産業功労者として表彰される
2004年
天皇皇后両陛下 当工房作品御着用賜り綾町ご視察。小石丸蚕糸作品・貝紫作品等を御拝謁いただきご懇談賜る
東京銀座和光にて個展開催
2005年
「第39回日本伝統工芸染織展」出品作、藍染花織絣「響き」文化庁長官賞受賞
宮崎県文化賞(文化功労)受賞
2006年
第41回西部工芸展にて日本工芸会西部支部長賞受賞
「黄綬褒章」受章
2007年
国際交流基金主催「日本紹介のための文化人派遣」事業にて西アフリカへ藍染指導に派遣される。
2008年
天然藍染め技術で綾町無形文化財に指定。
2009年
宮内庁三の丸尚蔵館にて天皇皇后両陛下御成婚50周年特別展展示
2010年
東京銀座和光にて2回目の個展開催。
2012年
民族衣装文化普及協会より「きもの文化賞」受賞
2013年
沖縄久米島博物館で秋山眞和作品展
美しいキモノ誌上で秋山眞和作品紹介
NHK BS プレミアム番組にて貝紫染め放映
2014年
フランシスコ・ローマ教皇に貝紫染ストラを献上
第61回日本伝統工芸展 藍染花織着物「藍醸華」入選
一般財団法人 大日本蚕糸会 主催 「蚕糸功労賞」受賞
公益財団法人 ポーラ伝統文化振興財団 主催 「伝統工芸ポーラ賞地域賞」受賞
2015年
皇太子殿下 綾町行啓。小石丸蚕糸作品・貝紫作品等を御拝謁いただきご懇談賜る
JAL(日本航空)機内誌「SKYWARD」宮崎県特集にて当工房紹介記事掲載
北原 広子
北原 広子(織り)
伝統工芸士
機織りと携わり45年。織りに関する技術と感覚には驚嘆の声も多い。美しさと愉しさを併せ持つ作品を日々織り上げています。
西坂 ちよ
西坂 ちよ(織り)
機織りが自身のはまり込める場所であり、心地よい一体感をもって機を操る。「美しいものを創りたい」その一心でいろんな技法にチャレンジしています。
二上 拓真
二上 拓真
秋山の面白さと藍の美しさに魅せられ、大学卒業後工房へ飛び込む。工房で行う全ての工程を現在習得中で、毎日藍と向き合う時間が至福のひととき。

綾 町

綾町イメージキャラクター「もりりん」
「照葉 樹林都市 綾」 AYA : the Biosphere Reserve
日本最大級の照葉樹林が町を支える、宮崎県綾町。
1988(昭和63年)に「自然生態系農業の推進に関する条例」し、30年近く有機農業の町として、また手作りの里・工芸のまちとして発展してきました。
「日本で最も美しい村連合」に加盟しており、2012年には国内で5カ所目となるユネスコエコパークにも登録され、その森の美しさが世界からも評価された多くの魅力あるまちです。

綾の手紬染織工房も、この豊かな自然と日本の名水百選にも認定される水の恩恵の元に育っています。

綾町:http://www.town.aya.miyazaki.jp/ayatown/

工房のあゆみ

「沖縄から、宮崎へ」
綾の手紬染織工房のルーツは沖縄にあります。
秋山眞和の父常磐は、大正時代に染織業を興します。しかし戦争による疎開や工場の焼失を経て、戦後宮崎にて再出発をすることになりました。
息子の眞和はその後、宮崎独自の織物を目指し、恵まれた自然、そして糸偏のつく綾町へと移り住みます。
「綾の手紬」を創製したのは、1966年のことでした。

1921年(大正10年):秋山常磐、染織業を展開
1927年(昭和2年) :撚糸業を併設。首里上布を開発。
1940年(昭和15年):沖縄県織物組合理事長となる
1944年(昭和19年):8月 太平洋戦争状況悪化のため、郷里福岡県田主丸町に強制
10月 戦火により無人の那覇市の向上を罹災。沖縄での全てを手放す
1951年(昭和26年):宮崎で染織業再開
1961年(昭和36年):秋山眞和へ染織業引き継ぎ
1966年(昭和41年):宮崎県綾町にて”綾の手紬”創製

以下、秋山眞和プロフィールへ